クレイジーナイト


航空学生の卒業シーズンになると、なぜか基地内の食堂に備え付けてあるマヨネーズやケチャップがいつの間にか無くなるという珍事件が頻発します。

1年生は、いつもと違う不穏な空気に一抹の不安を覚えるようになります。入隊以来1年間、2年生にイジメ...いや、鍛えられてきた1年生は、本能的に身の危険を察知できるようになっているのです。

1年生の間では恐ろしいウワサが飛び交い始めます。「 近いうちに、2年生が1年生(自分たち)を食堂から持ち出したマヨやケチャップを振りかざしながら追いかけ回すイベントがあるらしい...」。

ウワサはたちまち1年生の間に広がっていきます。2年生にそれとなくこの事を聞いてみても、固く口を閉ざして「ニヤリ」と笑うだけです。

どうやらウワサは本当らしい!そう確信した1年生達は戦慄しました。数少ない情報によると、「Xデー」は2年生の卒業式前夜。そのイベントは
「クレイジーナイト」
と呼ばれているということです。

「背中や口にまでマヨを流し込まれるらしいぞ」とか、「口はまだいい方で、運の悪いヤツはア●ルにマヨを突っ込まれるらしい」など、ウワサはどんどんエスカレートしていき、1年生は来るべき「クレイジーナイト」に備えて、襲われた場合の逃走経路や身の隠し方などの計画を各自練り始めます。

その間も相変わらず食堂のマヨやケチャップは無くなり続けています。

また、外出から帰隊した先輩がなぜか新品のマヨをロッカーにしまい込んでいます。

もう確実にヤバイ感じです。
逃走経路の綿密な打ち合わせ▲


そして、ついに運命の日が訪れました。

卒業式を翌日に控えた、2年生にとっては航学生活最後となる「就寝点呼」が始まります。

・・・・が、しかし、2年生に特に変わった様子はありません。
「おかしいな?」と思い、 恐る恐る整列している2年生の方に目をやると、2年生は普段と変わることなく普通に就寝点呼を受けています。

しかーし!
よく見るとジャンパーのお腹のあたりが不自然に膨らんでいるではありませんか!!

「ガビン!先輩はやる気だ!」
その時、私たちはは覚悟を決めました。「逃げよう」と..。

「航空学生、総員●●名、現在●●名 事故なし!」当直学生の報告が終了し、当直幹部が返礼をしています。あとは、当直学生の「各区隊ごと解散!」の号令を待つだけです。学生隊全体が、まるで100メートル競走スタート前のような張りつめた緊張感に包まれます。

「各区隊ごと解散!」
「うらぁぁぁーーーーーっっっ!」

当直学生の号令が終わるのとほぼ同時に、2年生が怒号と共にこちらに向かって突進してきます。その手には、やはりマヨのチューブが握られているではありませんか!

私たちは全力で逃げました。

その後の事は、あまりよく覚えていません。私はただ夢中で走り、予め調べておいた排水用の溝に寝そべり、「気をつけ」の姿勢で身を隠し、事態が収まるのを待ち続けていました。

逃げる途中、背後で「うわぁ〜!」とか、「ああっ!それはカンベンしてくださいっ!」なんて声が聞こえていましたが、まったく振り返りませんでした。友(同期)よ、許せ...。

しばらくすると消灯ラッパが鳴り、この狂気のイベントはお開きとなりました。

幸い、私は難を逃れることが出来ましたが、隊舎に戻る途中にはぼろ雑巾のように床に転がっている同期が何人もいて、イベントのすさまじさを実感させられました。

こうして、悪夢のような一夜は終わったのでした。

後日話を聞くと、ある者は全裸で両手両足を押さえつけられて全身をマヨとケチャップ漬けにされ、またある者はロッカーに隠れて格子状の通気口から外の様子を伺おうとすると、いきなりその通気口からマヨが「にゅるにゅる〜!」と入ってきて、ロッカーをいぶり出されたそうです。

「なんて不毛なイベントだろう.....。」一年生の誰もがそう思いました。単にマヨを無駄 遣いした以外に何が残ったというのでしょうか。

しかし1年後、卒業式を明日に控えて、最後の点呼を受けるために中庭に整列した私たちのフトコロには、やはり「マヨ」が隠されていたのでした。

こうして、悲劇は毎年繰り返されるのです。


......END